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カリカの歴史・エビデンス編 研究のきっかけ・・・

    
最近、懐かしい方とのご縁が続いています。この方もカリカ繋がりでお会いしたのですが、16、7年前にパパイア発酵食品でお元気になられた方でした。
人や物との縁や繋がりは、時を経て再び巡り合い、人生に素晴らしい影響を与えて頂いているということを最近強く感じます。一瞬一瞬の出来事や人との出会いが「宝もの」なのですね。
大切にしていきたいと思います。


■カリカの歴史・研究のきっかけ
現在、カリカセラピの効果を解明する研究は、複数の大学や研究機関で行われています。また、岡山大学医学部には、当社社員がカリカ専属の研究者として博士課程取得の為に日夜勉学に励んでいます。医薬品でもないカリカセラピの研究を何故そこまでするのかと不思議に思われる人も多いのですが、理由は、・・・必要に迫られて?でしょうか。

驚くことに我国では、健康食品の製造・販売には許可も必要なく、規制もありません。
但し、医薬品ではありませんから、薬事法上、効能効果を謳うことはもちろん出来ません。
また、健康食品の効果に期待もしていない人が多いのか、新製品のための研究開発はしても、完成された製品の効能効果を追究しようという企業は殆どないように思います。パパイア発酵食品発売当初は、私達も研究をするという考えはなく、データ蓄積に力を入れていました。
それは、研究する方法や研究をしてくれる研究機関との縁もありませんでしたし、経済的にも無理なことと思っていました。
しかし、後にその考えを覆す出来事がありました。

24、5年前に誕生した無名のパパイア発酵食品は、万能薬とも思える様々な効果を表していました。誕生当初から携わっていた私は、最初は半信半疑ながらも再現されるその効果に次第に絶対的な自信を持つようになり、カウンセリングを通して愛用者のデータを蓄積していきました。
そして、口コミでその評判は少しずつですが着実に広まっていきました。
しかし、一方で大きな憤りを感じる出来事も増えてきました。それは、愛用者の方達がかかり付けの医師に「体調が良いからこの健康食品を続けたい」と申し出ると、「健康食品なんて効果がないから止めなさい。」、中には、「そんな根拠もない怪しい健康食品を続けるのなら別の病院へ行ってくれ!」と、有無を言わさず一喝されるということがとても多かったのです。科学的根拠もない健康食品を安易に認める訳にはいかないのは仕方の無いことですが、内容を検証することもなく、頭から否定されることに何とも言えないジレンマと悔しい思いが膨らむばかりでした。

そして、1990年9月、当時、岡山大学で脳代謝医学を専門とされ、また、万病の原因に関与しているとして新しい学説であった「活性酸素・フリーラジカル」の研究の先駆者として活躍されていた森昭胤教授(現在・名誉教授)とご縁があり、パパイア発酵食品のことを知られ「ちょっと調べてみましょう」とのことで、実験をして頂くことになりました。数日後、森先生から何やら難しそうな事が書かれたレポートとグラフが数枚FAXで送られてきた後、お電話をいただきました。


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  *レポートより一部文章を抜粋しました。
  「OH radicalに対する影響がきれいに出ている。OH radicalが消去される事は、直接的には云う事は出来ないが、神経細胞、老化、リウマチ、肝臓等に好影響を及ぼすと考えられる。・・・」
  *私宛に届いたこのレポートは記念に大切に保管しています。


電話に出た私に森先生は、活性酸素やフリーラジカルの実験データについて説明してくださったのですが、活性酸素やフリーラジカルの意味が分からず戸惑いながら「これは、良い事ですか? 悪い事ですか?」とお尋ねしたところ、「これは、宝の山ですよ。研究を続けましょう」という言葉に安堵と大喜びしたのをはっきり覚えています。
今では、その頃の無知は笑い話になってしまいますが、当時は、”活性酸素やフリーラジカル”のことを知っている人は極一部の研究者だけだったのですから仕方ありませんよね。
それから、様々な研究が行われ、効果の一端が解き明かされてきました。
「やっと、信じてもらえる!」と、飛び上がるほど本当に嬉しい出来事でした。
当時、製造元と総発売元に会社が分けられ、私は総発売元の会社の社長をしていました。

それから数年の間に、国内外での研究機関や著名な研究者の人達も加わり研究は活発になって行きました。また、売り上げも急激に伸び、事務所も大きくなり、社員も増え、表向きはとても華やかな時代でした。
しかし、「驕れる者久しからず・・・」の通り、
大量生産になり始めた頃から品質に疑問を感じるようになり、また、急増した社員の統制がとれず社内の環境もどんどん変化していきました。
無名のパパイア発酵食品時代からスタートした私にとって、カウンセリングでお客様の喜ばれる声が何より嬉しいことであり、やりがいとなっていたのですが、その会社の変貌を止めることも出来ず、仕事に対する使命感や感動が急速に遠のいて行くのを感じざるを得なくなり、1996年初秋、その会社を去る決心をしました。

心身ともに疲れきっていた私は、この業界から手を引くことを考えていたのですが、多くの人達の強い要望とカウンセリングをさせて頂いていた頃のお客様の顔が思い出され、苦楽をご存じの花山一芳前会長の心強いサポートで、もう一度、納得できる良質の製品づくりを目指し、1997年2月、花山前会長と共に株式会社済度を設立し、品質の追求と正しい普及の在り方を求めて活動を再開しました。
そして、済度設立と同時期より森先生には顧問になって頂き、改めてカリカの研究が始まりました。(カリカ研究のエピソードは次回に・・・)


*カリカは、カリカファンの皆様のご理解とお力添えで多くの方々にお伝え
 頂いています。ご満足頂くために、無駄のないご利用方法をしっかりと
 ご指導頂ける販売店さんより、ご購入頂くことをお勧め致します。

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2010年06月21日 09:00に投稿されたエントリーのページです。

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